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ヘルマン・ゲーリング
63 quotes
“「胸のすくような果断さを持って、ゲーリングはプロイセンを片づけた。彼は実に過激なことをやってのける力と熾烈な闘いに耐え抜くだけの神経を備えている。」(1933年のゲッベルスの日記。ゲーリングのプロイセン統治への評価)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「ゲーリングが来た。胸糞悪い老いぼれ。将軍になりたいのだ。すぐにでも元帥にしてやればいい。遠大な計画を抱いているのか。奴は厚かましくも偉そうな態度で、皆をないがしろにする。デブめ、さっさと立ち去ってくれ。」(1933年のゲッベルスの日記)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「航空戦における我が国の劣勢は壊滅的だ。総統はそのことで大層悩んでおられる。特に直接的にも間接的にもその責任がゲーリングにあるという点で。それでも総統はゲーリングに対して不利なことを企てる術がない。なぜならそれによって国家と党の権威が、ひどく損なわれることになりかねないからだ。」(1944年6月6日、ゲッベルスの日記)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「あちこちで提案されていることだが、空軍の指揮権を海軍に移して、デーニッツに任せてはどうだろう。」(1945年のゲッベルスの日記)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「残念なことだが、デーニッツのような男が党を代表するのではなく、党はゲーリングに代表されているのだ。この男と党のかかわりと来たら、雌牛と放射線研究のかかわりと同レベルだというのに。」(1945年のゲッベルスの日記)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「ヒトラーと同じく、ゲーリングにも私は弱かった、と認めねばなるまい。私が彼と知り合った時、彼は魅力的で高い知性の持ち主だった。その後も私はずっと、彼はただの個人主義者とか、奇人とかではないと思っていたし、病気だとか邪悪な男だとも思わなかった。」(1979年、アルベルト・シュペーア)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「ゲッベルスとゲーリングは、もちろん陰謀もめぐらしてはいたが、粗暴ではなかった。この二人は非常に知的だった。ただゲーリングは墜落していた。けれどもそれはもしかしたら病気のせい、モルヒネ中毒のせいかもしれなかった。もう知るすべもないが。ゲッベルスは腐っていなかった。ただ恐ろしいほどに危険な男だった。」(1979年、アルベルト・シュペーア)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「1934年・1935年のゲーリングと1942年・1943年のゲーリングは、非常に異なった現象である。30年代にはエネルギーにあふれ、自覚を持った闘争的な人格であったが、40年代には疲れて怒りっぽい男になり、祖国の使命から遠く逃げ出し、もはや意志を貫徹することができなかった。」(空軍元帥アルベルト・ケッセルリンク)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「ドイツ空軍総司令官として、誰よりもゲーリングは、西部において当時失われていた制空権を現有の勢力で回復することは不可能であることを明確に理解しておくべきだった。ドイツ空軍は対ソ作戦によってその能力の限界以上まで酷使されていたからである。この時点以降になされたことは、いわゆる『元金に手をつける』という状態になっていた。ドイツの航空産業はこれほどの大規模戦争に対処できなかったし、失われた搭乗員の補充能力もなかった。」(空軍中将アドルフ・ガーランド)”
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“「彼は、稚気を帯びた人好きのする人物である一方、いまだに血気盛んなエースパイロットの雰囲気を漂わせている。彼にはおびただしい数の画家や彫刻家の友人がいる。この点でゲーリングは、ルネサンス時代のイタリアの王子を思わせる。」(1938年に駐独アメリカ大使が本国にあてて書いたゲーリング評)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「ゲーリングは敏感で、傷つきやすかった。そんなとき彼はギリシア神話のアキレウスのように自分の屋敷に引き上げてしまった。けれどもヒトラーが彼を呼び戻し、肩を叩きながら『私の善良なゲーリング』とでも言おうものなら、喜びの余り彼の顔を紅潮して、そしてすべては忘れ去られた…。」(駐独フランス大使アンドレ・フランソワ=ポンセ(en))”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「周りの者を支配し、攻撃的で冷酷である反面、時として優しい面も見せるなど、陽気で社交的なところもあり、被告の中ではただ一人、真に指導者的な人物。」(ニュルンベルク裁判の際にゲーリングの精神分析をしたアメリカ軍精神分析医ダグラス・ケリー少佐)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source
“「ゲーリングの独善的で古臭い価値観はあらゆる事に及び、女性に対する騎士的な態度にまで表れている。おもてむきは、ことさら腰を低くして、保護者のようにふるまい、寛大なところを見せながら、その裏には利己的な目的が隠されており、その目的の妨げとなる、めめしい人道主義的な価値など認めていないのだ。」(ニュルンベルク裁判の際にゲーリングの精神分析をしたアメリカ軍心理分析官グスタフ・ギルバート中尉)”
ヘルマン・ゲーリング (1893–1946) said by 1946 at the latest wikiquote:ja, CC BY-SA 4.0 source